お久しぶりです。「毎年名古屋遠征に行くうちに八丁味噌に舌がアジャストしてきた」お市です。関東生まれ関東育ちですが、名古屋飯も合ってきました。
飯だけでなく勝ち星も食らってやろうと息巻いて、やってきました豊田スタジアム。吊り屋根構造の飛び出たマストがそうさせるのか、どこかRPGの敵キャラの『要塞』って感じするんですよね。

そして何よりこの傾斜。

高所恐怖症の友人を連れてきたときはつらそうでしたが、我々ピッチを俯瞰したい人たちには打ってつけの高さです。
さて、何気に2013年以来勝って帰ったことがない隠れ鬼門ともいえる『要塞』豊スタの高みから見えたのは、頂の景色か、それとも奈落への入口か。
名古屋戦レビュー、はっじまーるよー。
スタメン

マリノスは、
- 札幌戦累積警告で出場停止だったエドゥアルドが帰還。
- 直近2試合メンバー外だった小池龍太も帰還。
- 9/13に全治4〜6週間とリリースされた西村拓真がなぜかメンバー入り。
ひとりだけ勝手に精神と時の部屋に行くのはやめてほしい。びっくりするから。 - その他は前節札幌戦と同じスタメン。ここにきて2022マリノスの完成形というべきフルメンバーが揃ったか。
名古屋は、
- 戦前の予告通りマテウス・カストロがスタメンに復帰。
- 代表帰りの相馬をベンチに置き、シャドーとして前線と守備陣を繋げる役割を担った内田をLWBに。
- 6/15のトレーニング中に左膝内側側副靭帯損傷で離脱した酒井宣福が4ヶ月ぶりのメンバー入り。
- 直近2試合の川崎戦、広島戦とメンバーはほぼ同じ。とはいえ並びはここ最近の永井を頂点として3-4-2-1ではなく、マテウスとの2トップを敷いた3-1-4-2がベース。
前半〜名古屋が抱えた2つのジレンマ〜

名古屋はこの日2トップを採用。川崎戦、広島戦とトップ3の2チームを苦しめた5-4-1のブロックではなく、布陣を変えてでも負傷明け間もないマテウスを起用した理由は、決定機の数を増やすことにあると長谷川健太監督の試合後コメントから窺い知ることができます。
ー上位チームとの差は監督自身、わずかなものと捉えているのか、大きなものと捉えているのか、どちらなのでしょうか?
明治安田生命J1リーグ第31節 横浜FM戦後 監督会見(INSIDE GRAMPUS)
点を取れれば。私自身も30試合以上を闘って、20点と少しというのは少ないと思っています。これをなんとかしないといけないということは、重々理解しています。そのために分母(チャンスの数)を増やそうとずっと取り組んできて、そういうゲームもできるようになってきましたが、決めきるという部分で絶対的なエースがいないことはたしかだと思います。今日はマテウス(カストロ)がけがから戻ってきましたので、彼を含めチームにいい意味での競争を促すしかないと思っています。
たしかに直近3試合(神戸、川崎、広島)負けなしで手応えを得ていたが、1得点に終わっている事実はあった。目下の目標である残留は決まり、フィッカデンティ政権のその先を狙って決定機数増加の糸口をこの試合に見出そうとした、、、としても不思議ではない。
だがこれはマリノスにとっては好都合だった。
永井、マテウスのFWコンビで岩田、エドゥの2CBを監視。神出鬼没のOMFマルコスはアンカー永木がチェック。ハーフレーンを駆け上がるLSB永戸とRSB小池龍太の裏をスピードとスタミナに長けるRWB森下とドリブルとパスも巧みなLWB内田で狙う。この構図でプレスでハメたりロングカウンターをしたり、、と人で当てはめる守備から決定機数を増やそうとしたのは見てとれた。
ただ、この手のマンツーマンはマリノスにとってはよく見た形ではあった。CFの降りる動きも2021年夏の快進撃を支えた形。ボランチの片方が降りて3バックを形成しながら、GKのロングキックで一気にボールを前へ進めるのも2019からも何度か見られた形だ。正直真新しいものはなかったと言っていい。
けれど大事なのは、この「降りる」動きを担当する選手たちが、それぞれボールを持った時に威力を発揮するプレーヤーだったこと。よく降りたボランチはなべここと渡辺皓太。運べて繋げる彼は低い位置でもフリーにしたくないので仙頭ら名古屋MFが食いつくシーンが多かった。
こうしてなべこらが引きつけてできた中央のスペースを降りて使うCFはアンロペ。
Embed from Getty Imagesゴリ押しでもボールを収めてストライドの長いドリブルで運べる彼が持つとチャンスは作りやすい。先制点はまさしくその形だったと言っていい。
前述の通り、名古屋側にはプレスから守備でリズムを作り、永井とマテウスを流しつつサイドから攻め入って、課題の決定機数の担保を解消しようとする意図があった。加えてマリノス側の野放しにしにくい選手たちがポジションチェンジしているので潰しに行く(というよりここでボールを奪ってカウンターの起点にしたい)。後ろが空くとわかっていても前プレはやめにくいジレンマがあったように思う。
加えてもう1つ、RCBの中谷の守備範囲の広さも仇になってしまったのではなかろうか。
Embed from Getty ImagesIHのように中央寄りで高い位置をとるLSB永戸のかっちゃんと対面するケースもあったが、前に出て潰すところに強みを持ち、高い位置を維持するRWB森下の背後を幾度となく埋めてきた中谷は、堅守を誇る名古屋3バックの中でも屈指の”個として強い”DFだった。マリノスはエウとかっちゃんの新生ズッ友コンビで森下-中谷ラインを吊り出すことに成功。エリア内に3バックで固められ城壁を築かれる事態を回避した。
プレスに行かなければならない+守備範囲の広い中谷の負荷という名古屋側の2つのジレンマを、マリノスは上手く利用できたように感じた。このように相手の制約事項や特質に合わせて、過去使ったことのある崩しの形を使い分けられるようになったこと、そして担当者が替わってもその選手の特徴を利用できたのがこの45分だけでも十分確認できた。
後半〜プランを狂わせ続けた元得点王コンビ〜

とはいえスコアは1-0。前半の終盤からマテウスを左サイドに置き、プレスを控えて5-4-1ブロックで耐えた名古屋を前にマリノスはボールを握りつつも手を焼いた。この1-0でマリノスが追加点を取りあぐねる時間がもっと長ければ、結果は違ったかもしれない。
ただ後半キックオフ後早々のロングキックでマリノス陣内へ押し込んだ名古屋は、勢いそのままプレスをかけてきた。このプレスを汎用人型前進兵器AL-11ことアンロペちゃんで無理くりこじ開けたマリノスは、またしても中谷の背後を使う形で5バックを4バックに減らしてゴールを陥れた。
ドンピシャのパスを出した喜田名人は、川崎戦のテルのカットインミドル前のラストパス以来のアシスト。リーグ戦で2アシストを記録したのは今期が初めて。脱皮。(OptaJiro風)
このゴールシーンでもそうだったが、クリリン、喜田名人、なべこの3人はほぼ同じ高さでプレーしていた。つまり「1トップ下+2ボランチ」というよりは3センターに近い形でプレーしており、サイドの三角形に加わっていた。なべこが主にCBからのパスを回収し、喜田名人はかっちゃんの裏を埋めつつ、クリリンは宏太兄貴とのポジションチェンジを引き出す。名古屋のブロックが5-4-1になってからは余計にこの3センターだと相手中盤の隙間に入りやすくなったので、効果はてきめんだったと言っていい。
とはいえ、このやり方も2019から馴染みのある「マルコス・システム」。今年終盤までなかなか快進撃の主役となれなかったクリリンだが、彼のつかみどころの無い立ち位置がこの勝利必須のゲームで輝きを放った。
Embed from Getty Images1-0を長引かせてから戦力を追加投入したかった名古屋だったが、追加点が入ったことで状況が一変。相馬、レオシルバ投入で前線を強化しつつ、チアゴの投入で藤井をサイドに移した(名古屋視点で思えば藤井の中央での起用も、決定機数増同様に若手育成という今後への布石の意味合いもあるかも)。
積極的にオープン展開に向いた選手を投入した名古屋に圧された時間帯もあったが、前半から続くマリノスの名古屋陣内でのポゼッションはスタミナを着実に削っていた。そこに西村「復帰が早すぎて『本当に戻ってきたの…?』とアウェイゴール裏から若干引いたような声が聞こえた」拓真、さらに現在のマリノスでも有数のWGテルを投入。オープン展開でも活きる速さを持つ彼らをテコに、マリノスは3点目と4点目を終盤に立て続けに奪った。

とりわけ3点目は88:00〜89:08と約1分に渡って相手にほぼ触らせずにボールを上下左右に動かして奪ったゴールだった。右サイドでタメを作ったあと攻め直しのために下げて、左サイドからロングキックで前進してゴールまで。「引きつけて裏を取る」の理想型のようなこのゴールは、前半から続いた相手の揺さぶりが効いた結果ともいえる。
とはいえこのゴールと後のジョエルの移籍後初ゴールと立て続けに2アシストをかっさらったテルの職人ぶりも特筆に値する。限られた時間で最大限のパフォーマンスを発揮する彼の姿は、MVPとなった2019シーズンのそれほど絶対的ではないだろうが、頼もしさでいえば引けを取らない。
Embed from Getty Images序盤中盤の揺さぶりに大きく寄与したクリリン、トドメの終盤で数字を残したテル。2019年にリーグ優勝の牽引車となった得点王コンビが、2022シーズンのシャーレに向けて必勝のこの試合の立役者となった。
おわりに〜The Entertainer〜
(※例によってエモに全振りですので読みたくない方はここで閉じてください)
ただ、この試合の主役は水沼宏太だった。正直今回の記事もなんのために書いているかというと、8割は現地で体感した彼の熱量をどこかに残しておきたい、という思いからだ。熟達の技前でアンロペちゃんが降りたスペースに入り込んだ2ゴールもたしかに素晴らしい。代名詞の高精度クロスやサイドでの1,2タッチでのパスワークだけでなく、ゴールも奪えるところを見せつけた痛快なシーンだった。
けれど、彼の魅力はプレー面だけに収まらない。ここまで来たストーリーとその表現こそがトリコロールの背番号18の輝きをより強めるのだと思う。
試合が終わり、選手たちがゴール裏に挨拶へやってきた。誇らしげな表情、弾ける笑顔からは8月の暗澹とした雰囲気は微塵も感じない。2ゴールの活躍と抜群のポジショニングでマリノスを勝利へ導いた水沼宏太は、ひとり輪を離れ、青く染まるゴール裏を背にして屹立した。
プロ15年目にして初めて、生まれ育ったクラブの主役としてリーグタイトルに挑む。紆余曲折の4文字では表現しきれない日々が、彼をここに立たせているんだと思うと目頭が熱くなった。
育成組織を見てるとしみじみ感じることだが、水沼宏太のような存在はレアケース中のレアケースだ。この世界の中でいったいどれほどのサッカー選手が、子どもの頃から愛したチームでプロになり、中心選手になり、優勝争いができるのだろうか。育成年代で逸材と呼ばれる選手だって上手くはいかない方が多い。ここに至ったプレーヤーだという誇りと多幸感を熟練のプレーと弾ける表情で表現する。
今季宏太兄貴は「表現」という言葉を多く使っている。
昨年はそれができていなくて苦しかったんですけど、「サッカーって楽しいな。やっぱりこれだよね」と思えて、少しでも光が差し込んできたら何事もうまくいくというのを経験できた。今は与えられた時間で思い切り自分を表現して、楽しんでやろうと思いながらプレーできています。これまでの積み重ねのすべてが今の自分を作り上げているんだと、あらためて感じますね。
スポーツナビ「J1月間MVP 横浜FM水沼宏太、変化のワケ「信じてやり続ければ未来は変えられる」」
今まで積み重ねたもの、この環境でやるサッカーの楽しさ、それらをプレーでも言動でも宏太兄貴はストレートに表現してくれる。あそこまで真っ直ぐにぶつけられると「ファン・サポーターのことも本気でチームの一員だと見なしてくれているのでは」と観ている側としては錯覚を起こし、その熱にあてられる。
地獄のようだった8月、彼はまるで肩を落としたチームメイトを鼓舞するかのようにゴール裏に向かって叫んだ。
そして「焚きつけた手前やるべきことはやりますよ」と言わんばかりに、このシャーレの行方を大きく左右しかねない代表ウィーク明けの再開1発目で勝利に貢献してみせた。どこまでカッコいいのだ、この30代は。。
選手たちが去ってしばらくして、アウェイゴール裏がまた沸いた。どうやら札幌が川崎を下したらしい。でも正直そんなことはどうでもよかった。目の前で繰り広げられた光景で十分多幸感に満ちていたから。改めてこのチームを”優勝チーム”として歴史に残したいと感じたゲームだった。
<この項・了>