目次
はじめに
どうも、「前田大然への期待値を他サポよりも低く見積もりすぎた」系マリサポのお市です。正直すまんかった。ちなみに開幕前はこんなこと書いてました。
いずれにせよ、エリキ、サントスがいなくなり、レオの合流が遅れる今は前線が不足している。チームは危機だが和尚にとってはアピールチャンスだ。当初想定のWGではなくCFとしてプレーしていたようだが、ぜひともプレーの幅を広げて数字に残る活躍を期待したい。「サッカーができる陸上選手」状態に陥ることのないよう、持ち前のスピードの使い所やボールを扱う能力が磨かれれば、バージョンアップした姿で世界へもう一度カチコミをかけられるはず。
当時は正直「シーズン7点くらいとってくれれば御の字」くらいの気持ちだったんですが、せっかく期待を書くならオーバーに!と思って期待値高めに書いた記憶があります。そんな大げさに書いたはずの期待すら軽々飛び越える、36試合出場23ゴール3アシストの堂々たる成績。まったくもって「おみそれしました」としか言いようがありません。
とはいえ去年の和尚の成績は23試合出場3ゴール0アシスト。2020年の彼を知っている人ほど、今年の爆発を予想できた人はかなり少ないんじゃないでしょうか。そんな予想を良い意味で裏切る成長曲線はなぜ描かれたか、根性マイニングで考えてみようかと思います。
プレーエリア:貫いた「自分らしさ」とそれを下支えするもの
Embed from Getty Images前田大然、もとい大然和尚のゴール数が飛躍的に増加した大きな理由として、「プレーエリアが中央寄り」になったことが挙げられる。
2019の優勝に貢献した仲川輝人や遠藤渓太といったWGたちは、サイドめいっぱいに開き、クロスやカットインなどのチャンスメイクでの貢献が多かった。おそらくマリノスは、怪我や移籍でチームを離脱した彼らの代替を和尚に期待したのだろう。事実和尚自身も「去年はサイドにずっと張っていた」と2020年のプレーを振り返っており、当時を知るアンジェ・ポステコグルー前監督も「去年はチームのやり方が分からずに難しかった。」と語る。(産経ニュース『ゴール量産の横浜M・前田大然 主力退団チームの救世主に』)
「あまり得意じゃない」と語る大外タッチライン際でプレーし、目立った成績を残せずに終えた2020年。不本意な1年を経た和尚は、自身の五輪代表入りのためのゴールへの渇望もあってか、より中央へ流れる動きを増やすようになった。下はSofaScoreによる2020と2021のプレーエリアの比較。

プレータイムそのものが伸びたというのもあるが、中央、特にペナルティエリア内でのボールタッチが極端に増えているのがわかる。
先述の通り、大然和尚自身が「このままサイド張ってても点なんてよう取れんわ(意訳)」と意識を変えたのもあるだろうが、2021マリノスのチームカラーも関係していると思う。
「4局面サイクルを高速化する(©ヒロさん)」とも言われる尖った思想のマリノスだが、今年はアンジェ元監督の反省や監督交代を経て、攻撃の時間を長くしても点が取れるようになるべくマイナーチェンジを行った節がある。とりわけ、最終ラインやサイドで相手をひきつけられるようになったのは大きかった。
例えばアウェイ鳥栖戦のゴールなどは、相手が前からプレスをかけてきたために生まれた広大なスペースを活用した好例である。
高丘からどこのピルロだよってくらいのパスが通ったとき、敵陣にいる選手は鳥栖もマリノスも5人。そしてフィニッシャーである大然和尚とゴールの距離は短く、彼は前を向いている。結果としてラストパスを受け取り悠々とゴールをとれた。
また片側のサイドに相手を引きつければ、和尚へラストパスを送るウィング達も自由を謳歌できる。
札幌の選手のほとんどがマリノスの左サイドに集まっているとき、アシスト役の水沼宏太は右サイドに張っており、彼のクロスを予期したか大然和尚は左サイドに入るのではなく2トップの1人のようにゴールへ向かう。リーグ2位のアシストを記録した名クロッサーが、右足を余裕をもって振れれば、ストライカーに精度の高いクロスを供給できる。
事実、大然和尚へのアシストは仲川の4回が最多で、水沼が3回、エウベルが2回と右ウィングを務めた選手たちが多く名を連ねている。

つまり、大然和尚が最も輝ける中央寄りのポジションで、かつゴールだけを考えて位置取りをできたのは、相手を引き付けておぜん立てをしてくれる選手やアシスト役の貢献が大きいといえる。和尚がいつでも「ゴールを決められるのは周りの選手たちのおかげ」と言ってはばからないのは、決して謙遜だけではなく実際のチームの貢献を知ればこそかもしれない。
Embed from Getty Imagesゴールパターン:”快速で飛び込む”に加えたひと工夫
Embed from Getty Images得点が急増し「覚醒した」と言われる選手の中には、何か新しいスキルを得たことがキッカケという人もいる。左利きのアルイェン・ロッベンが右サイドに置かれてカットインからゴールを量産したように、何か新しい才能を見せた結果としてゴール数が伸びるパターンだ。
前田大然もそんな選手の1人なのでは?と調べてみたところ、驚愕の結果がわかった。
これが2020年。

これが2021年。

だいたい変わらずクロスに飛び込んでワンタッチゴール。全部同じじゃないですか!
(得点部位で見るとキレイに左右頭と散っているので、左足得意キャラと誤解される可能性もある)
ただし、飛び込むまでの過程はまったくの別物。大島秀夫コーチの手ほどきがあったかは知らないが、去年よりも自分の初速の速さをより有効活用できている印象がある。特に印象深いのが「消える動き」だ。和尚も自画自賛しているこのゴールも、うまくDF14番エンリケ・トレヴィザン(声に出して読みたい選手名ベスト5に入りそう)の視界の外、背後をとっていればこそだった。
0:32ごろを見ると、トレヴィザンがボールを見ているときにするっと反転して細かい動きで彼の背後に回っていることがわかる。ただでさえ得意なかけっこに引きずりこんでいるのに、その上フライングスタートしているような状態なので、ループシュートを狙える時間とスペースの余裕が生じている。
持ち前の瞬間のスピードだけではなく、その切れ味を最大化させるためのひと工夫が加わったのが、今年の和尚の強みではなかろうか。
その「ひと工夫」を顕著に確認できるのが、クロスに合わせるワンタッチの前である。
このシーンでは0:12の前に一度DF17番の背後からコンニチワしようとしているが、仲川がもうワンタッチえぐっているのでキャンセルして背後から手前にコンニチワしている。易々とワンタッチで合わせているように見えるが、そのために鋭い動きでDFを剥がしているところは見逃せない。
さらに「突っ込む」を主な武器にしているからこそ、「待つ」が効果を発揮したシーンもあった。
おわかりいただけただろうか。ただ突っ込むのではなく、4:14あたりで一回減速して、パスが出るタイミングを待っている。湘南のDFを引き付けるように突っ込んだ杉本とマルコスと同じタイミングでパスの出る先に突っ込んだら、相手に「ここにパスコースありますよ」と教えるようなもの。当然相手はそのパスコースを潰しにきてしまう。一旦減速して、パスが出る場所をあらかじめ空けておいて、パスが出る間際に飛び出せば、パスコースは潰されない。4:24あたりにDF4番舘が「え?今までどこにいたの?」という顔で振り返ってしまう駆け引きの妙がそこにあった。
このように、単に快速の赴くままにゴール前に突っ込むのではなく、方向転換したり止まったりと細かなひと工夫が多く見られたのが和尚のゴール数増の原因ではなかろうか。コメントからもその進歩は読み取れる。
得点傾向:ラスト30分は独壇場。失意の五輪すら糧にして。
Embed from Getty Images次にゴールを決めた時間帯の割合を見てみよう。

2021年のマリノスは、「61-75分」と「76-90分」、つまりラスト30分での得点数が多かった。前者は18ゴール、後者は27ゴールという数字はいずれもリーグトップだ。(出典:totoONEウェブ)
そんなラスト30分のゴールのうち1/4以上を挙げていたのが大然和尚だった。それを裏付けるように、彼を語る上で外せないキーワードのスプリント数も前半より後半の方が多かったりする。
それを可能にするのが、90分駆け回っても途切れない常人離れしたスタミナだろう。水戸時代共にプレーした林陵平現東大ア式蹴球部監督も「前田大然の凄さはスピード、スプリント能力は勿論のこと、それを90分間発揮し続けられるスタミナ」と語っている。
しかもそのペースが連戦になっても落ちず怪我もしないのだから、正直おかしい(※褒めてます)。SPORTERIAによると、90分当たり裏抜けを試行した回数は酒井宣福より0.1回少ない2位。ただし和尚の出場時間は酒井のほぼ2倍なので、30試合以上怪我なく出場して毎試合リーグトップクラスの20回以上裏抜けを行っているということになる。試合途中に仙豆でも食ってんのかと疑うレベル。
次に得点のペースを見てみよう。

オナイウ阿道が得点数を伸ばした5月〜7月あたりに足踏みがあったものの、夏以降は高頻度でゴールを決めている。思えば夏、和尚は悲願だった東京五輪に出場を果たした。ただ出場機会には恵まれず、「僕を含め攻撃陣が点を取れなかった」と反省の弁を残す、失意の大会となってしまった。
Embed from Getty Images五輪を経て「取らないといけないという思いは、今までもあったけど、より一層強くなった。」と語った和尚は、失意を引きずるどころかバネにして得点数を伸ばした。またゴールだけでなく、ポストプレーや突破からのクロスなどプレーの引き出しを増やした印象も受けた。
もちろん、怪我による離脱などフィジカルの異常がなかったのも得点王になるために欠かせない要因だった。だがそれ以上に、失意に終わった五輪という大きなターニングポイントでパフォーマンスを好転させた強固なメンタルもキャリアハイとなる今年に欠かせなかったのではないだろうか。
おわりに〜未完成で非効率。だが、それがいい〜
Embed from Getty Images今シーズン瞬く間にスターダムを駆け上がった和尚に心打たれた人は多いだろうが、俳優の永山瑛太氏もその1人で、SNSの投稿からは既にガチ勢っぷりが漂う。もういっそマリサポになってくれ
なぜここまで大然和尚が好きになったのかを語った彼のインタビューが、和尚の魅力をずばりと言い当てているので引用させていただきたい。
――なるほど。PK合戦というのは面白いですね。
引用元:MEN’S NON-NO WEB 「【永山瑛太 オリジナルインタビュー】自分の心に正直に向き合い、やりたいことを探求。オリジナルな表現を生み出し続ける現在地とは?」
ちょっと話は飛びますけど、僕は前田大然選手(横浜F・マリノス)が好きで。このあいだの東京オリンピックでも、久保建英選手や堂安律選手みたいなスター性のある選手がレギュラーで出場する一方で、前田大然選手は本当はすごくコンディションがいいかもしれないけど、ベンチに座っていて、いつ試合に出られるかわからないわけです。ただ、そういう状況の選手がばんと出てきたときの勢いってあるじゃないですか。
――ありますね。ここで結果を残してやろうという気持ちがものすごく強いですからね。
そう。前線で相手DFにプレスを思い切りかけて、それによってちょっとフォーメーションの形がくずれちゃったりすることもあるんだけど、ああいう選手って気持ちでプレーしているから、冷静に思考するというよりも衝動がはみ出しちゃっているんですよね。そういうやむにやまれない衝動があふれ出ちゃっているものが、それこそ芝居でも写真でも絵でも僕は好きで。挫折したり、行き詰まったりして、生きていることに苦しさを感じる状況を何とか打ち破ろうとしている人にぽんと光が当たった瞬間って、周りの人たちとはちょっと違う輝き方をするというか、そういうものを僕は信じているし、伝えられたらいいなと思っているんですよね。
いくら和尚のゴール数が急増したとはいえ、ボールテクニックは正直まだまだおぼつかない。セルティックへ羽ばたいた同じ日本産スピードスターの古橋と比べるとできることは少ないだろうし、その分活きるパターンが少ないから監督によっては使い所が難しいと感じるのも無理はない。
けれどそんな、未完成で、不器用で、ガムシャラな彼が、「やむにやまれない衝動」のままに前へ前へと進む姿は、観る者の心に火をつけ、トリコロールのスタンドを熱気のるつぼに叩き落とす。
時にはボールを持った相手のDFに食らいつくように、時には味方の守備を助けるために、そして時にはゴールを奪うために。絶対の武器であるスプリンター能力を掲げて「上手な」選手たちに食ってかかるその背中には、どうしたって声援を送りたくなるのだ。
五輪代表入り、Jリーグ得点王、そして欧州再チャレンジの噂。この1年急速にスターダムを上がっても未完成なまま、伸び代を大きく残したまま、泥臭く突き進む。
監督からしたら使い勝手が悪い?
できることが少ない?
非効率で動きに無駄がある?
それがどうした。
山のように積み上げられたスプリントと23ゴールでの得点王という称号は、雑多なノイズをかき消し、観ている我らを奮い立たせる。
「未完成がゆえのがむしゃらさの美」を体現する前田大然。来季はどこで何を成し遂げるかはまだわからない。けれど、どこでプレーするとしても、横浜はおろか日本の、そして世界の心に火をつけるべく駆け回ってほしい。
データ引用元
<この項・了>