【さよなら私の】ポステコグルー・マリノスが教えてくれた3つのこと【ボス】

1:フットボールの世界では本当にあらゆることが起こりうるということ

その日、不可能が可能となった。
シーズン途中の監督退任、しかもヨーロッパのビッグクラブから請われてのステップアップ。CFGという後ろ盾があったからこその就任劇かもしれないが、だとしても前代未聞なケースだろう。
そんなレアケースが自分の好きなクラブで起こると、「フットボールの世界ではあらゆることが起こりうる」というテンプレート文も、否応無しにより現実的に響く。ヨーロッパからJに「お下がり」のように監督がやってくるのではなく、日本で成功を収めた指導者が本場に殴り込みに行く、だなんて数年前は不可能だと思っていたが、その不可能がいま可能になったわけだ。

思えば前年降格圏を彷徨ったチームが優勝までこぎつけたこと自体が、できすぎた作り話のようだったと言っていい。2019年のリーグ優勝は、トリコロールのサポーターがずっと待ちわびたものだったと同時に、傍目にもわかりやすいくらい「新しいチャレンジをしたクラブが産みの苦しみを乗り越え、頂点に輝く」というストーリー性を帯びたものだった。かくいう私も2019シーズン前は、「ACL圏内の3位に入れたら」くらいにしか思っていなかった。

望外の指揮官栄転、望外の優勝。アンジェ・ポステコグルーのマリノスは「あらゆることが起こりうる」ことを教えてくれた。

2:フォーメーションも年齢もただの数字に過ぎないこと

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アンジェマリノスの基本フォーメーションは4-2-3-1。だが、その並びはほとんど維持されないし、並び通りの動きをする選手はほぼいない。CBが相手ペナルティエリアの角で起点を作ることすらあれば、SBはボランチかトップ下のように振る舞う。しかも今年に入るとWGとCFもポジションチェンジをするようになった。

ひたすらゴールを狙い、ひたすらボールを奪いにいく、狂ったかのようなサッカー。だがそれは決して個々人の勝手な判断によるものではない。
「攻めの手を緩めるなどありえない」とばかりに選手を煽り立てるのは、指揮官その人だ。

ペップ・グアルディオラや、ファンマ・リージョらポジショナルプレーの旗頭たる名将たちは「フォーメーションなど電話番号」と言っていたが、ポステコグルーは自らの言葉よりも指揮するチームのプレーでその事実を雄弁に語っていたと思う。

(もっとも口でも語ってはいた。「フォーメーションは関係ない」とかよく言っていたし、記者に「今日3バックでしたよね?」と聞かれた時はキレ気味に「そう見えたならそうなんじゃない?」という旨の回答もしていた。)

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また年齢という縛りもアンジェマリノスの中では希薄だった。
とりわけポステコグルー政権1年目となった2018年のマリノスは、Jリーグの歴史でも屈指の広い年齢層を誇った。
上は40歳不惑のCB中澤佑二、下は17歳の久保建英。だが本当に重要なのは、彼ら2人を含めた選手たちが、年齢など関係なく純粋に能力で判断されていたこと、そして年齢にかかわらず成長を遂げていったことだ。

プレー機会を得た久保建英は試合を重ねるたびに自信を得てついには神戸戦でJ1残留を手繰り寄せるゴールを奪った。そしてかつて守備の人として鳴らした最年長の中澤佑二は、キャリアの晩年にもかかわらずアンジェマリノスの攻撃の第一歩となるべくビルドアップの能力を伸ばしていった。(もっともボンバーの場合はエリク時代からビルドアップに改善が見られていたが)

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またベテランだけでなく、松原健やオナイウ阿道のように一度代表から遠ざかった選手がプレーの幅を広げて代表にもう一度招集されることもあった。「このチームにいると選手は上手くなっていく」というメッセージは内外にとってかなり有効だったのではなかろうか。

フォーメーションも年齢も、ピッチの上や成長曲線においては関係のない数字に過ぎない、ということは様々なところで言及されている。しかしアンジェマリノスのプレーは視覚的に我々に訴えかけてくれた。

3:サッカーは底なしに深く、そして自由だということ

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アンジェマリノスは、部分的にどこか他のチームに似ている箇所があるものの、どこかのコピーでは決してなかった。ヨーロッパは愚か、世界を見渡してもあんなにリスク丸出しなスリリングなのに魅力的なサッカーはそうない。

内側に絞ったSBの裏、そこを突く対角フィード、ポジションチェンジにもついていく同数プレス、WGにはマンツーマンなどなど、マリノス対策はシンプルだ。
けれどその対策に対して直接的に何か手を講じることはあまりなく(そこにストレスを覚えたことは1度や2度ではないが)、より長く敵陣でボールを持つ、または相手が持つ時間を縮めてそれを間接的に解消する方を優先した。喉元にナイフをつきつけられて避けるより、マウントをとって上から殴り続けることでナイフをそもそも握らせないという実に常軌を逸したやり方である。

またアンジェマリノスはいわゆる「華麗なパスワーク」という言葉から思い浮かべる、技術一本で勝負する集団ではない。むしろ求められるのは長い時間速いスピードを維持して走り続けられる走力だ。
ハマらない時は前線の破壊力を活かしきれず不完全燃焼に終わってしまうが、ハマると速いテンポでボールを回し続け、速い選手がゴール前に殺到し、あれよあれよとゴールを量産する。間違いなく今までの日本では見られなかったタイプのサッカーで、海外のスピード感に近いと思えるものだった。

このチームは他と違う、そう確信できたゴールがある。
2018年アウェイ仙台戦、語り草となったゴールラッシュの口火を切った天野純の先制点だ。

密集してテクニックで回避するのではなく、シンプルなパス交換でプレスを剥がして空いたスペースを使う。ボールが相手陣地深くまで入った頃には、もう4人もゴール前にいるので、1本目のシュートが阻まれてもこぼれ球を押し込む選手がいる。この相手ゴール前までに人とボールが駆け寄るスピードは、「ヨーロッパでしか見られない」「少なくともマリノスでは出来得ない」と諦めていたものだった。
大げさな言い方をするなら、この時マリノスのサッカーとヨーロッパのサッカーがわずかながらリンクした感覚を覚えた。(で、HUBでひとりやたら興奮してた)

穴は多く、歪なままだけれど、それでも破壊力を全面に押し出した、観客の熱狂を引き出すサッカー。こんなサッカーだってあっていいんだ、と思えたし、ムラっ気はあるもののヨーロッパのスピード感あるサッカーを見ているかのような気分にさせてくれた。

一度魅せられてしまったら最後、瞬く間にアンジェマリノスの虜。いつしかどんな相手でもどんな状況でも痛快なあのサッカーで勝てるようになるにはどうすればいい?と思考を巡らせるようになった。

「なぜ前の試合はゴールラッシュができて、今日は逆に何もできずに終わったのだろう?」
「明確な欠点があるのにそれをやり続けるからには享受したいメリットがあるはずだ、ではそれは?」
「そもそも指示はしていない?トップダウンで何か形を押し込むやり方から脱却しようとしている?」

などなど。「なんで?」を繰り返していくうちに、かつて想像していたほどサッカーが一筋縄ではいかないものだと悟り、サッカーのサの字くらいはわかっていたつもりがサの字の”s”すらまともに発語できていないと痛感した。
試合のたびに「フットボールの深淵©️さよなら私のクラマーの深津監督」の底無しっぷりを実感し続けた。

いまだに口が裂けても「サッカーをわかっている」だなんて言えないくらいに自信はないが、アンジェマリノスを追っかけたこの3年半がなければ、もっとサッカーをわからないまま「わかっている」フリをし続けていたに違いない。サッカーは恐ろしいくらいに奥深く、どんな形を表現するのも自由だ。この気づきこそが、もしかしたら私の中での最大の財産かもしれない。

おわりに〜親愛なるボスへ〜

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はじめに、2度ほどあなたと握手させていただいた時、どちらも緊張して手汗でびっしょりだったこと、心よりお詫びいたします。けれど、握手したら緊張は解けたのも確かです。あなたの大きくしっとりした手が、がっちりと私の手を握った時、「この人は、少なくともマリノスを悪い方には導かないだろう」と安心したからです。

前置きはさておき3年半という長きにわたり、ご自身のすべてをマリノスに投じてくれたこと、心より感謝いたします。あなたが指揮した118試合という数字は、マリノスでは最長記録となり、49.2%という勝率は直近の指揮官の中でも最高の結果だそうです。

退任時に「世界中のどの監督もがうらやむような厚いサポートをいただきました。」とおっしゃっていましたが、あなたが素晴らしい指揮官だったからこそサポートも続き、長期政権が成しえたのだと私は思います。
日本のサッカーフリークたちを魅了するようなサッカー、困難に直面してなお輝く団結の強さ。少なくとも私は、あなたが指揮するマリノスにそんな魅力を感じ続けたからこそ、このチームを応援し続けました。

あなたが就任して以降、サポーターの中でサッカーを深く理解しようとする人が日に日に増えていきました。私もそんなサポーターの1人です。

あなたが就任するまで、私は1人でスタジアムの片隅に座り、サッカーをわかった気になっていました。
けれど今ではサポーター仲間と延々と飽きずにサッカーの話をするのが、私の日常となりました。議論をするうちに自分が井の中の蛙であることも悟りましたが、その無知の痛感ですら楽しく思えるのは、サッカーの奥深さと自由さをマリノスを通して垣間見たからだと思います。

それもこれも少しでもあなたとそのチームの「自分たちのサッカー」の行く末や背景を知りたいと思ったからです。

一方で私には、あなたとあなたが指揮するチームに出会うまで、苦手だった言葉があります。

「自分たちのサッカー」という言葉です。

信じた自分たちのサッカーが間違っていたらどうするのか、間違っているのに正さずに進むのはただの盲信でしかないのではないか、そう思うと綺麗事にしか聞こえませんでした。

けれど、間違いすら正解の過程にしてやろうとする信念を目の当たりにして、あなたが口にする「自分たちのサッカーを信じる」という言葉の重みを私は初めて実感しました。
あなたのブレない姿勢が選手から迷いをなくし、迷いなく進む選手たちを見た私は大きく感銘を受けたのです。

時に不安を覚えることも多くありました。
優勝した2019年でも、最後の最後に至るまで、小心者の私は安心できませんでした。
それでもあなたとあなたのチームのプレーぶりを見ると、まるであなたと握手した時のような安心感を覚えました。
”綺麗事”だと思っていた「自分たちのサッカー」がシャーレをもたらした時、今では攻撃的なスタイルやパスの本数などではなくこの確固たる信念こそが今のマリノスの最大の武器だとまで思えるようになりました。

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同時に、「信じる」という言葉の計り知れない重さを学びました。
「信じる」ということは、苦しみを大いに伴ってでも、孤独に苛まれても、決めた道から降りずに歩き続けること。そして誤っていたとしても正解にたどり着くまで歩くのをやめないこと。
「信じる」という言葉を発するには、必ず相応の覚悟が必要なのだと気付けたのも、あなたがサッカーを通して我々に教えてくれたことでした。

お別れはとても寂しいですが、感傷に浸り続ける時間はお互い無いみたいです。
あなたが来月から新たな地で引き続き挑戦していくように、私たちサポーターも次の週末から引き続き試合に挑むチームの背中を押していきます。

そんな私たちがまとうのは、あなたと共に掴んだ4つ目の星が入ったユニフォームです。

このトリコロールのユニフォームに袖を通すと、私はたまらなく誇らしい気持ちになります。あなたが率いたチームが作った新たな歴史とこのクラブに取り戻した誇りを感じるからです。

最後にひとつ。
退任会見の際に、あなたは「私は離れても、マリノスファミリーの一員」と言ってくださいましたね。
あなたもよく知る栗原勇蔵クラブシップキャプテンは、引退時にこんなことを言っていました。

-マリノスはどんな存在か
栗原 自分にとっては家族なので。家族のためにみんないろいろやるじゃないですか。それと一緒ですね。

日刊スポーツ『横浜栗原引退「生まれ変わってもマリノス」一問一答』


マリノスという船に残った私たちも、5つ目の星をとります。必ずとります。
新しい歴史と誇りを築き上げるために、そして遠くで暮らす「家族」であるあなたのためにも。

あなたをボスと呼び、あなたの理想がマリノスが具現化していくことはもうないのかもしれません。
けれど、あなたの名はマリノスの歴史に燦然と輝き続けるでしょうし、私も生涯あなたを忘れません。
今までありがとう、親愛なるアンジェ・ポステコグルー。
それではお互いよい航路を。

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