私の旅行は、たいていカッコつかない。
スマートに物事を進められず、行き当たりばったりになってしまう。毎回と言っていいほど、都会の暮らしというぬるま湯に自分が甘えて生きているかを痛感する。
知らない駅名、知らない路線、そして遠いコンビニと使えないPASMO。極彩色の電飾がむしろ怖いスーパーに怖気づいたり、同県内の都市間移動の所要時間に腰を抜かしたり。純粋培養もやしっ子たる私は、旅行先で地元の人がしている「普通」すら満足にできない。小学生の頃、1人だけ跳び箱が跳べなかった屈辱に近いものを感じる。
アウェイ遠征は基本ひとり旅だ。
友達とわいわい盛り上がる旅の楽しさも知ってはいるが、それ以上に「たまの休日の旅行ぐらい人付き合いとか考えず自分の行きたいところに行きたいひと様に極力迷惑をかけずに休日を楽しみたい」という思いが勝るためだ。「普通」も満足にできないくせに緻密なプランを立てるのも苦手だから、思い付きであちこち動き回ってはすぐに窮地に陥る。
数年前、とある遠征先に行ったときもあっさりとピンチを迎えた。
試合の前日に現地に着いた私だったが、時間を持て余していた上に、名産品を食べるグルメ旅にしようにも胃のキャパシティは限界を超えていた。
旅行先でやることを失った時の私の行動パターンはたいてい次の2つだ。
- 「その時、歴史が動いた」のBGMを聞きながら歴史の名跡、博物館に行く
- 温泉に行く
時間は夕方の6時過ぎ。近くの博物館で目ぼしい場所は閉まっていたので、その時は路線バスに乗って温泉に行くことにした。
この時点で私は既に2つ都会のぬるま湯育ちらしい思い上がりをしていた。
- バスで数駅くらいなら20分もあれば着くし最悪歩ける
- 路線バスは最低でも夜9時くらいなら運行している
- 温泉も近所の銭湯のように日付が変わるまでなら空いている
バスは当然のように険しい山道をぐいぐい上り、駅前にはかろうじてあった建物も数分で消え去った。乗客は芋ジャ…もとい質素なジャージを着て英単語帳の「ターゲット」を広げている地元の高校生と私のみ。
これは何かを読み違えているな、と勘づいてはいたが、その勘は数時間前に発揮して「今日はもう宿に帰ろう」と考えるべきだった。
夕方とはいえ街灯がないためほぼ真っ暗な中、バスは温泉の前にたどり着いた。芋ジャージターゲットはこちらをいぶかしげに見ていたが、そんな視線よりも痛烈に私を貫いたのが、番頭さんの一言だった。
「日帰りのお風呂?あと15分で終わっちゃいますけど。」
0-0で攻め込んでいながらカウンターで先制点を叩き込まれたサポーターのように、私は膝から崩れ落ちそうだった。これ以上居ても仕方ないと判断した私は、「失礼しました。では」と踵を返しかけたが、番頭さんはかわいそうな人を見る目でもう一言。
「いや、xx駅行きのバスももう終わってますよ。」
さらに追撃弾。0-2。プランの欠如が招いた無様な敗北。今までバスがなんとか上っていた急な山道を今度は徒歩でくだらなければならない。しかも辺りは真っ暗だ。
「まあまあ、せっかくだからお風呂浸かっていってください。遠路はるばるここまで来られたんでしょう?」
目の前で泣きそうな顔になっている2x歳男性を見てよほど不憫に思ったのか、番頭さんは私が上がるまで温泉を空けておいてくれる神対応をしてくれた。後光が差して見えた。
温泉から上がってさっぱりした私だったが、疲れは取れても帰りの足はないという事実と向き合わなければいけなかった。Googleマップで駅までの徒歩ルートを調べると、「所要時間:1時間35分」と出てきた。90分プラスアディショナルタイムを戦う覚悟を決め、番頭さんに念入りに感謝を伝えたら、思いもよらない言葉が返ってきた。
「この夜道を歩くのは危険ですって。駅まで車出しますから、乗ってってください。」
感謝してもしきれないのだが、それと同時に申し訳なさが重くのしかかった。
また私は自分のもやしっ子仕草のせいで痛い目に遭っており、あまつさえ人様にご迷惑までおかけしてしまった、と後部座席で泣きそうな私をバックミラーで見ていたのか、番頭さんはこれまた優しい会話のパスをくれた。
「湯加減、どうでした?」
え、ああ、最高でした!すごく!
気の利いたことが返せない自分に五寸釘を打ち込んでやりたい気分だったが、お湯がとても心地よかったと伝えると番頭さんはのっかってきてくれた。なんでも代々引き継がれた温泉宿らしく、源泉かけ流しのお風呂を売りにしているとのこと。名の知れた温泉街ではないからあまり有名じゃないんですけれど、と謙遜されてはいたが、番頭さんは自分が経営する温泉を誇らしげに語ってくれた。
「お客さん、どこから来たんですか?」
会話も弾みだしてテンポが出始めたころ、番頭さんがスイッチを入れるパスをくれた。
東京の方からです、と答えると、何しに来たのかと続けて問われたので、おずおずとサッカーを観にきましたと答えた。
「サッカー!?そのためにわざわざここに?」
この回答も遠征先でよく聞くフレーズだ。ええ、まあ好きなので、などともごもごしながら答える。
神戸のサウナで話しかけてきたおじさんには「そんなんええから夜甲子園行きや。能見が投げるで。」と言われてしまったが、番頭さんは心底珍しそうに色々話を聞いてくれた。そもそもなんでサッカーが好きなのか、わざわざ安くない旅行費を払ってでもサッカーを観るのはなぜか、などなど。番頭さんはとれたての好奇心をそのままぶつけてきた。
「でもいいなあ、都会。」
質問の雨が少し止んだと思ったら、番頭さんがぽつりと呟いた。
「いやね、親戚が上京してまして。会いに行くついでにせっかくだからって東京観光したんですよ。ほんと、都会って色んなものがあるんですね。秋葉原のメイド喫茶とか行った時はさすがに『なんだこれ!』って思いましたけど。」
カラカラと気前よく笑い飛ばしてから、番頭さんは続けた。
「親戚と同じように、私も上京していたら、ってふと思ったんです。違う人生があったんじゃないかって。」
あんまりいいものでもないですよ、電車はめちゃくちゃ混んでるし、空気だってここの方が数倍キレイだし、と自分が日常を過ごす都会への不満をこの際ぶちまけたところ、番頭さんはまた笑った。
「でも不便よりはいいじゃないですか。ここなんかもうバスなくなっちゃうんだし。」
それを言われるとぐうの音も出ない。
「でもいつもの暮らしと違うものに触れるのは大事なんでしょうね。お客さんがサッカー観にここまで来られたり、私が東京にたまに行ったりするように。けど、そこに暮らすってなったらまた話は別なんでしょうけど。」
「それこそ、お客さんがここで終バスに乗れなかったように、私も東京の地下鉄で迷子になっちゃうと思います。」
バックミラーに番頭さんの笑顔が映った。終始申し訳なさそうにしていた私を気遣ってくれていたんだと遅まきながら気がついた。
「はい、着きましたよ。今日はご来店ありがとうございました。明日も楽しんでください。」
ありがとうございます、と感謝の意を述べる前に、もう駅に着いてしまった。
どうにかしてお礼がしたいと席にそっと5000円札を置いていこうとしたら、あっさりと見つかってしまい、「そんなのいいから、また来てください」と返されてしまった。
やっぱりカッコつかないなあ、としょんぼりしながらもお礼を述べて、走り去っていくワゴン車のテールライトが消えるまで見つめていた。結局何もお返しできずじまいだった。
駅前の自動販売機で買った缶コーヒーを飲みながらふと見上げると、私の地域にはない、広い夜空が飛び込んできた。
星も地元で見るよりも大きく、はっきりと輝いている。ずっと見ていられるような気もするけれど、きっと番頭さんの言う「暮らすとなったら話は別」というやつだろう。スタジアムで味わうものとはまた違う、束の間の非日常を噛み締めた。
あれから随分経ったが、コロナのせいもあって「また必ず行きます」という番頭さんとの約束は果たせていない。今年こそもう一度行こうと思っている。
もちろん、バスの時間は調べた上で。
<この項・了>